護符のある部屋

借りてはならない部屋

中国には賃貸住宅を借りるときに「護符が貼ってある部屋を借りてはならない」という禁忌がある。

護符がある部屋では自殺や事故などで人が死亡している可能性が高いからだ。

護符があると借り手がいないのだから、貸す側は護符を貼らなければよさそうであるが、そうはならない。

なぜなら護符で守らなければ部屋の所有者に禍が起きるからである。

そうなると護符のある部屋は空き部屋のまま放置されそうであるが、そうでもないのだ。

相場よりも家賃を安くすることで借り手が現れるのである。特に都市部の家賃は高いので、この傾向が強いと言われている。

しかし護符のある部屋を借りると高確率で奇妙な現象に遭遇すると言われている。

所有者が本来なら貼りたくない護符を貼るだけあって、そのような部屋は本当に危険なのである。

広州の空き部屋

これは広州で実際にあった話である。

大学を卒業したばかりのLは広州のIT企業に就職した。

広州の家賃は高いことで有名だ。地方出身者であるLには十分な資金がなかったため、安さだけを追求して部屋を探した。

すると相場よりもかなり安い部屋が見つかった。

卒業後、招待所(簡易宿泊所)で暮していたLは、すぐにその部屋を見に行った。

部屋は広く、内装も申し分なかった。あまりにも好条件であるのを不思議に思ったLは、その物件をくまなく見て回った。

するとトイレの天井に黄色い護符が貼られているのを発見した。

これを見たLは逆に安心した。安い家賃の理由が判明したからだ。

科学的な教育を受けて来たLは、霊魂や鬼神を信じていなかった。Lはその日のうちに契約を済ませて引っ越した。

怪奇現象

Lは引っ越したその日の夜に後悔することになった。

洗面台で歯を磨いていると、鏡に顔面の半分が崩れ落ちた女の姿が現れたのだ。

霊的な存在を全く信じていなかったLの常識は崩壊した。

Lは次の日に部屋の所有者を呼んで契約の解除を切り出した。

中国で賃貸を借りるときには家賃2か月分の押金[yā jīn]を預ける慣習がある。押金は日本の敷金に相当するものだ。

契約期間が1年なら1年経って部屋を明け渡すときに押金が帰って来る。ただし契約期間が終わる前に契約を解除すると、押金は没収されるルールになっている。

ところが部屋の所有者は、Lが契約解除を申し出ると何の異論もなく承諾し、しかも押金を全額返還したのである。

Lは再び招待所生活を始めた。しかし元の生活に戻ることはできなかった。Lの身辺で不気味な現象が起きるようになったからだ。

鏡に不気味な女の顔が映るだけではなく、鬼圧身(日本語の「金縛り」に相当する)が頻発するようになった。しかも昼間でさえ頭の中に意味不明の人の声が響くようになった。

Lの出身地では、このような怪奇現象は陰陽先生が解決する問題だと言われていた。

四会市の仙婆

大学を卒業するまでのLは、陰陽先生を迷信を広める迷惑な存在だと考えていた。しかし頻発する怪奇現象に悩んだLは、藁をもつかむ思いで陰陽先生を探した。

この時になって初めてSNS上には怪奇現象に悩む人たちのメッセージが膨大にあることを知ったのだ。

検索を続けているうちに、四会市という所に駆鬼(日本語の厄払いに相当する)が得意な仙婆がいることがわかった。陰陽先生は男の呪術師であるが、仙婆は女の呪術師だ。

Lは四会市の仙婆を訪ねた。

仙婆はLを見ると何も言わずに呪文を唱え始めた。そして古そうな紙に朱筆で文字のような図を描き、ろうそくの炎で灰にした。

その灰を水の入った碗に振りかけ、灰が混じった水に指を浸した。

仙婆は碗を持ったまま立ち上がり、指をはじいてLの体に水を振りかけた。

同じ動作を繰り返しながら仙婆がLの体を一周したとき、腐った肉のような匂いが部屋に充満したそうだ。

儀式を終えた仙婆は、Lが口を開く前に次のような話を語ったという。

Lには殺された女性の霊魂が憑りついていた。その霊はLが借りた部屋にいた怨霊である。

部屋の所有者は怨霊が誰かに憑りついて部屋から出て行くのを待っていたのだ。

通常怨霊は死んだ地点に縛られる。しかしある種の呪力によって、人間に憑りついて移動する能力を与えることができるというのだ。

トイレの天井に貼ってあった護符には、そのような呪力が込められていたのだ。