中国史ミステリー:毛沢東暗殺未遂と林彪事件の謎

未解決の謎

林彪事件の真相についてはソ連のスパイ説の他にも様々な説がある。

林彪が事故死したこと自体を疑う人もいるが、事故死そのものは事実だとすれば、林彪は何らかの理由で中国から脱出を図ったことになる。

毛沢東暗殺やクーデター計画が共産党により捏造されたストーリーだとすれば、林彪はなぜ亡命する必要があったのか?

ひとつの説として、毛沢東による後継者指名は最初から空手形であったという説がある。

後継者指名は林彪を利用するための方便でしかなかったというのだ。

林彪は毛沢東の「親密な戦友」であったが、そのような人物でさえ、権力闘争の過程で排除されるのが中国政治のリアルなのだ。

毛沢東は林彪を後継者に指名したものの、林彪が本当に国家主席の地位を欲しがっている様子を見て、林彪を牽制するようになった。

林彪の方も毛沢東の心境の変化に気づき、毛沢東は天才であると公言して信頼を回復しようと必死になっていた。

しかし毛沢東の信頼を回復できず、自分自身が失脚することを恐れて亡命を決意したというのだ。

つまり毛沢東は最初から林彪に権力を移譲する気はなかったのだ。

文革というゴタゴタの中で、優れた軍人である林彪をグリップするために後継者指名というアメを与えたに過ぎないというわけだ。

余りにも脆い「緊密な関係」

毛沢東と林彪の関係に代表されるように、中国の政界における「緊密な関係」は当てにならない。

明確に後継者に指名した人物を後になって極右と批判するようなことが起きるのが中国の政治の世界なのだ。

だから何年も前に習近平の後ろ盾になった人物を今でも習近平が尊重していると思ったら大間違いなのだ。

現在は二人三脚的な関係にある習近平と王岐山の関係も5年後はどうなっているかわからない。

この離合集散、合従連衡が中国政界の特徴である。

中国政界の情報は最新のものでなければ役に立たないのだ。