紙人法
茅山術には日本の「丑の刻参り」に似た術がある。紙人法または草人法と呼ばれる呪術がそれだ。
紙または草で作った人形に針を刺すことによって、他人を苦しめることができる。
「丑の刻参り」を行うときは、神社の境内などで深夜に五寸釘を打ち込むことになっているようだが、紙人法または草人法には「丑の刻参り」ほど厳密な時刻や場の要求はない。
しかし墓の付近、深夜の時間帯など、陰気が濃い「場」と「時刻」が呪法成就のカギだとされている。
紙人法または草人法で呪われると、原因不明の病気に苦しむことになる。ただし死亡する例は非常に少ないと言われている。
道士は修行を始める前に、道術で他人を害さないと誓いを立てることになっているため、通常は紙人法または草人法が行われることはない。
しかし大金を積んで黒い呪法の実施を依頼する依頼者がいるようだ。
日本円換算で数百万円という高額な代金と引き換えに、紙人法または草人法が行われるケースもあるという。
呪い破りの術
医学的な治療を受けても病状が回復しない場合は、呪術的な病気である可能性が高い。
中国の呪術的な病気は茅山術、蠱毒、降頭術などの呪術が原因であることが多い。
このうち蠱毒、降頭術は南方の地域に多いという特徴がある。
南方を除く中国の多くの地域では、茅山術による病気が一般的なのだ。
呪いをかけられた場合は道士に呪いの解除を依頼すればよい。
紙人法または草人法は、ある程度の能力を有する道士であれば容易に解決できると言われている。
優れた力量をもつ道士であれば、単に呪いを解くだけではなく「呪い返し」に相当する術を使うこともできる。
そもそも道士は道術を使って他人を害してはならないことになっている。
その禁を破った道士は強力な「呪い返し」の制裁が加えられたとしても自業自得なのだ。
ある農村で実際に起きた呪い返しの事例では、呪いをかけた男の子孫が全滅する呪い返しを受けたそうである。
3人いた子供が相次いで死亡したのだ(ひとりっ子政策時代の中国でも農村では子供が複数いるケースは珍しくなかった)。
実は道士は互いに呪術をかけることが少なくない。その呪術によって家族が死亡することは昔からよくあることだったそうだ。
道士の家族には少なからず死の危険があるため、道士は原則的に妻帯しない習慣があるのだ。
しかし妻帯している人間が何らかのルートで道術を学んで呪いをかけることもある。そういうケースでは、呪い返しにより家族が全滅する惨事が起きることになるのだ。
呪術は暴力と同じであり、濫用すると自分自身の安全が脅かされる結果になるのである。
付記
紙人法または草人法は、茅山術の一部に過ぎない。中国には茅山術にまつわる不思議な話が膨大にあるのだ。
なぜなら現在の中国には、一定の決められたスタイルを踏襲する茅山術があるわけではないからだ。
現在の茅山術は、中国各地の呪術や他宗教の影響によって非常に多様化している。
もはや「これが茅山術である」という決まったスタイルが見いだせないのだ。
最も広く捉えれば、茅山術は呪術一般を指す代名詞のような存在になっているのだ。
ただし道教的な色彩は色濃く残っている。現在の茅山術は道教的呪術一般を指す言葉だと言ってよいだろう。