呪術のるつぼ「降頭術」とは何か

降頭術

降頭術は中国南方の各省や東南アジア諸国で行われる呪術である。降頭術を実施する呪術師を降頭師という。

降頭術には様々な種類があるが、呪物として人骨、血液、頭髪、爪、胎児など、人体の全部または一部を用いることが多いという共通性がある。

降頭術は邪悪な呪術であるとは限らない。恋愛成就や金運向上をもたらすような願望を叶えるための降頭術も存在するからだ。

しかし多くの場合は降頭術は他人を害し、場合によっては呪い殺す恐ろしい呪術であると考えられている。

降頭術には様々な種類があるが、薬降、飛降、鬼降の3種類が主流である。

薬降

薬降は呪力を込めた毒物を用いる呪術であるから、蠱毒と非常に似た呪術であると言われている。

毒物を媒介にするため、呪力だけを用いる呪術よりは成功しやすい。そのため薬降は、降頭術の中では最も初歩的な降頭術であると考えられている。

薬降に用いられる毒物は蠱毒と同じように呪術的なプロセスで作られる。

例えば五毒降頭と呼ばれる薬降がある。

この場合の五毒は蛇、蜈蚣、蝎子(サソリ)、蜘蛛、蟾蜍(カエル)を意味する。ただし蟾蜍ではなく壁虎(ヤモリ)を用いる五毒降頭もある。

五毒降頭には生降と死降の2種類がある。

生降は生きた五毒を操る呪術だ。

例えば蛇を使うとしよう。呪われた相手は蛇に噛まれて死亡するのだ。

呪いの相手を噛むのは毒蛇とは限らない。毒が殺すのではなく、蛇に込められた呪力により死亡するのである。

死降は五毒の死骸から毒物を作る呪術だ。

死降も動物が本来持っている毒を利用する術ではなく、毒物に呪力を込めることによって致死的な毒を作る呪術なのである。

死降の毒の本質は呪力であるから、降頭師は呪文を使うことにより、毒物を食べた相手を意のままに苦しめることができるという。

死降にも様々な種類がある。

即死に近い呪殺が可能な死降がある一方で、2年から3年ものあいだ原因不明の病気に苦しみ、最終的に死亡する死降もあるのだ。

死降による死は悲惨である。

体内に大量の虫が増殖し、皮膚が爆発するように破けて死亡する例や、目、鼻、耳、口、肛門、性器から血を噴き出して死亡する例、突然腹が避けて腸が飛び出して死亡する例などがあるという。

ただし食べ物や飲み物に注意していれば、薬降による呪いを避けることができる。

降頭術が盛んな中国の南方では、信用できる食堂や店舗の商品以外を口にしないのが鉄則になっている。

牛皮降頭術

薬降と似た牛皮降と呼ばれる降頭術がある。

牛皮降は牛の皮を小さく変形させる呪術である。牛皮降によって1匹分の牛の皮が小さなホコリほどの大きさになってしまうそうだ。

こうして変形した牛の皮を食事に混ぜるなどの方法で、呪いの相手方に食べさせるのだ。

牛の皮は体内で次第に大きくなる。牛一匹分の大きさに戻ると腹が避けて死亡するのだ。

ただし呪術によって元の大きさに戻らないようにコントロールすることができる。

このことを利用して他人を支配することができるのだ。自分の言うことを聞けば牛の皮が体内で膨張しないようにしてやるということだ。

牛皮降は中国南方の女性が得意とする呪術であると言われている。

女性たちは夫が遠方に商売に行くときに牛皮降を行うのだ。もしも夫が遠方の土地で別の女性と親密になり、戻って来ないときは、腹の中の牛の皮が膨張し、死亡することになるのだ。

つまり牛皮降は浮気防止の呪術なのである。

飛降

飛降は薬降よりも高度な呪法である。

薬降は呪術を仕掛ける相手に呪薬を服用させる必要があるが、飛降は何かを食べさせることなく相手を苦しめ、場合によっては殺すことができるからだ。

飛降には鏡降、玻璃降、動物降など多くの種類がある。動物降は用いる動物によって蛇降、蝙蝠降、蜈蚣降などに分かれる。

飛降は一般的に相手が身に着けている物品を媒介にして呪力を及ぼすことが多い。

自分の衣服やアクセサリーが他人の手に渡ると、降頭師に悪用される危険があるのだ。

また呪力を込めた物品を手渡す方法もある。飛降が盛んな土地に旅行に行き、来歴のわからない土産物などを渡されたときは注意が必要である。

一部の降頭師は対象となる人物と会話をするだけで呪いを完成させることもできるという。

雲南省に旅行に行った上海の学生が、帰宅後に強烈な腹痛に襲われ、病院で検査を受けた結果、胃の中から大量のガラスが発見されたケースがある。

これは玻璃降の結果である。

彼は特におかしなものを食べたり、呪いをかけられたりした覚えはないという。恐らくかなり高度な呪力をもつ降頭師に呪われたのだろう。

この人物のように、自分を怨んでいる人間がいるはずのない旅行先で、呪いをかけられるケースは非常に多い。降頭師は呪力を試すためだけに他人を呪うことがあるようだ。

鬼降

中国の南方またはタイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国では鬼降が盛んである。

鬼降は養鬼とも呼ばれる呪術だ。「鬼」と呼ばれる霊的な存在を使役して、目的を果たすのである。

この場合の鬼の実体は生後間もなく死亡した嬰児や生まれる直前に死亡した胎児の霊魂である。

鬼降にも様々な作法があるが、その一例を紹介しよう。

降頭師は嬰児が死亡したという情報を聞きつけると、遺体が土葬された直後の墓に赴く。墓に行くのは深夜でなければならないという。

降頭師は墓に木を植え、霊魂を木に移動させるための「勾魂」の儀式を行う。

数日後にその木を持ち帰り、彫刻刀で高さ5センチほどの小さな人形を作る。

完成した人形には丁寧に目鼻、衣服を描き、容器に入れて透明な油を満たす。この油は降頭師の呪力に感応して黄色く変色すると言われている。

このようにして作られた小さな人形には霊魂が宿っている。

霊魂に対して所定の礼拝を行うと、霊魂は所有者の願いを叶えると言われている。その願いは金運向上や恋愛成就などポジティブな願いでもよいし、誰かを陥れたり殺したりするネガティブなものでも構わない。

霊魂の力量には差がある。大きな苦しみの中で死んだ子供の霊魂ほど強力な呪力を持つのだ。そのような霊魂を飼うことになれば、願いは確実に叶う。

しかし礼拝を怠ると所有者の運気が下降し、最悪の場合は事故や災害などに巻き込まれて死亡することすらあると言われている。

鬼降には多くの流儀があり、勾魂の方法ひとつとっても、竹の筒を墓に刺して霊魂を抜き取る方法や、棺の木材を切り取る方法などがある。

さらに遺体そのものを用いる方法屍油を用いる方法もあると言われている。

血咒

降頭術には血咒(けつしゅ)という特別な呪術がある。

これは降頭師が自分自身の呪力を強化するために行う呪法だ。例えば誰かを呪い殺そうとするときに血咒を行う。

なぜなら通常の降頭師の力量では、人を呪い殺すことはできないからだ。血咒を利用して呪力を強化することによって、本来なら不可能な目的を果たすのである。

血咒の方法自体は驚くほど簡単だ。

右手の中指に刃物で傷をつけ、血液を絞り出して呪物に垂らすだけでよい。例えば薬降であれば、毒物に血液を混ぜればよいのだ。

ただし血咒は降頭師にとって危険な呪術である。血咒を行うと降頭師の霊的なエネルギーが大量に失われるからだ。

このような状態で「破功」すなわち「呪い返し」を受けると、自分自身を防御するエネルギーが足りないため、死亡することもあるのだ。

 

呪殺は一歩間違えば自分自身の命を失う危険な呪術なのである。このような事情があるので、降頭師が呪殺を行うことは滅多にない。

降頭術の地域性

降頭術は東南アジア諸国や中国南部の呪術であると言われている。

ただし純粋な降頭術はもはや存在しないと言ってよいだろう。降頭術には蠱毒の要素、チベット密教の要素、道教的な要素、少数民族の土着の呪術などが入り混じっているからだ。

つまり降頭術は東アジアの呪術のるつぼ的な呪術なのである。

ただし不思議なことに日本は降頭術の文化圏とは言い難い。多くの日本人は降頭術の存在すら知らないだろう。

しかし日本に全く降頭術の影響がないわけではない。

降頭術の最高峰と考えられている飛頭降が、妖怪「ろくろ首」である可能性が強いからだ。

日本は東南アジアとは異なる文化圏ではあるが、古くから東南アジアの文化と無縁ではなかったということだろう。