奇病
Lにとって何よりも耐え難かったのは、狗骨鎮に不気味な風土病が蔓延していたことだ。
その病気に罹ると徐々に衰弱し、寝たきりになってしまう。そうなると、ひと月も経たないうちに死亡するのだ。
このような経過を辿る病気は少なくない。
しかし狗骨鎮の患者には見たこともない奇妙な特徴があった。腹部の皮膚が黒く変色するのだ。だから狗骨鎮ではその病気を黒変風と呼んでいた。
人口が300人ほどの狗骨鎮に、黒変風の患者が数十名もいた。
村人の話によると、黒変風は数十年に一度の割合で流行するのだという。
Lは医師の本能に駆られて、黒変風の原因に強い興味を抱いた。
外科医
狗骨鎮にはLよりも先に北京から来た外科医がいた。年齢が近く同業ということもあって、Lと外科医はすぐに意気投合した。
医師は同じような興味を持つものらしい。その外科医も狗骨鎮に来た直後から黒変風の正体を確かめたいと考えていたという。
お互いに共通の疑問をもっているとわかったLと外科医は、ある晩、大胆な行動に出た。
黒変風で病死した青年の遺体を墓から掘り出したのだ。
外科医はよく研いだ中華包丁を使って、黒く変色した腹部を解剖した。
遺体の肝臓を切開した外科医は驚きのあまり体を硬直させた。そこには無数の真っ赤な線虫が蠢いていたからだ。
遺体の肝臓はまるでスカスカのスポンジのように食い荒らされていた。
黒変風は寄生虫感染症だったのだ。初めて目にしたその寄生虫をふたりは赤鬼虫と名付けた。
感染経路は不明であるが、Lは食べ物を通じて感染するのだろうと推測した。それが医学の常識だからだ。
Lも外科医も加熱したものだけを口にしていたので安心していたが、それが油断であることはひと月もしないうちに明らかになった。
外科医が突然黒変風を発症し、1週間後に死亡してしまったのだ。
現地の住民はこの寄生虫に対して何らかの抵抗性を獲得しているらしく、発症してもすぐには死亡しない。しかしよそ者には抵抗力がないらしく、発症すればすぐに命を奪われてしまうのだ。