道士
狗骨鎮の住民にはLが医師であることは知られていた。
医師にはあるまじきことであるが、Lは黒変風の患者との接触を恐れた。患者に接することで自分自身が感染することを危惧したからだ。
不思議なことに黒変風の患者がLに治療を頼むことはなかった。医薬品も設備もない状況では、治療を依頼されたところで何もできない。
村の住民たちはそのことを理解しているのだろう。
Lはそう考えていたそうだ。しかしそれは誤解であった。
狗骨鎮での生活がちょうど1年を経過したころに、Lは現地の住民から思いがけない情報を耳にした。
発症すれば必ず死亡すると思っていた黒変風を治せる人物がいるというのだ。
それは老道と崇められている道士であった。老道とは優れた法力をもつ道士の敬称である。
村全体を見下ろす位置に古い神廟があった。
老道はその神廟の敷地の中にひとりで住んでいた。風貌から判断すると、六十代後半の老人である。
Lはこの話を信じなかった。しかしその数日後に死にかけていた4人の患者が老道の治療によって回復したことを知ったのだ。
中国の医学界では、ある種の漢方薬がマラリアの治療に有効であることが知られていた。それと同じように赤鬼虫を死滅させる何らかの漢方薬があるのかもしれない。
医師としての好奇心を抑えられなくなったLは、老道のいる神廟を訪ねた。
老道は黒変風を治す方法があることは認めたが、どのようにして治療するのかという質問には答えなかった。
老道は黒変風を治療するのに法外な対価を要求するという話であった。飯のタネである治療法の秘密を簡単に打ち明けるはずはないのだ。